<第7話>
妹は見た…!

 私より5つ年上の兄は、真面目な長兄と、利発な妹(?)の間に挟まれて育った反動か、小学生のころは"ちょかで、いちびり、おっちょこちょい"を絵に描いたようなごんた坊主でした。勉強嫌いはもちろん、校庭で後ろ向きに全力疾走して転び、顔を5針も縫うケガはするわ、家の柱や壁にけったいな彫刻をするわ…。私は、妹の名乗りを上げるのが恥ずかしいと思うこともしばしばでした。けど不思議に、母からなんぼお仕置きされても暴力で応戦することはなかったし、弱い者いじめをすることも、決してありませんでした。

 兄は、小学4年生になったある日、学校から帰ってランドセルを置くと、嬉しそうに言いました。「僕、今日から飼育係になってん!」。翌日から兄は、他の組から選ばれた飼育係と交替で、学校のウサギとカメ、そしてアヒルの世話をすることになりました。
 そして夏休み…。それまでは週に2度ほど当番が巡ってきていただけの兄が、毎朝いそいそと出かけて行くようになりました。「飼育係て、そんな楽しいんかなぁ…」。まだ幼稚園児やった私は、兄にせがんで飼育現場を見学させてもらうことにしました。

 最初の仕事は、近くの八百屋さんで、野菜の切れっ端をただで分けてもらうこと。
 「あれ? 今日もボクが来たんかいな。えらいなぁ。はい、これ持って行き」「おっちゃん、こんなぎょうさん、ありがとう!」。兄は動物たちの食糧がいっぱい入った段ボール箱を、まるで宝物のように抱えて学校に運びます。徒歩でほんの数分の距離やったと思いますが、初めて兄と2人で電車道を横切って行く道のりは、幼い私にとって、ワクワクするような冒険の旅でした。

 用務員さん以外は誰もいない学校の裏門を入ると、わぁ、いてるいてる! 金網製の小屋の中でボサッとしていた動物たちは、兄の姿を見つけるや、待ちかねた様子で寄ってきました。
 ところが、小屋に入ってびっくり。「ウサギてこんな臭いがするのん?」「アヒルの糞てこんな汚いのん?」「カメの甲羅てコケが生えてるもんやのん?」…息が詰まるほど生々しい生き物の生態に接し、ただ立ち尽くす私を尻目に、兄はバケツやほうきを運んでくると、動物に1匹ずつ何やら話しかけながら、1人でせっせと汚物の掃除を始めました。そして、半時間ほどで小屋の中は見違えるように綺麗になり、動物たちはほんまに心地よさそうに、エサをむしゃむしゃ食べ始めました。

 「兄ちゃん、ほかの子ぉらがみんなサボってんのに、腹立てへんの?」。これほど地味で汚い作業を、兄1人に押しつけて知らん顔している他の飼育係の無責任さに強烈な憤りを覚えた私は、涙声で訴えました。「当番が誰やとか、そんなこと生き物には関係あれへん。ウサギは特に敏感やから、1日でも世話せえへんかったら死んでまうねんで。それに、このカメ、兄ちゃんになついてるやろ、ほら…」。私は、ぐっと首を伸ばしたカメのつぶらな瞳と、日頃のごんた坊主とは別人のような、清々しい兄の顔を、交互に見比べていました。

 夏休みの40日間、時には父や長兄の助けも借りながら、兄は1日も欠かさず学校に通い詰め、しかも、それを先生に報告しようともしませんでした。「ほんまやったら、全校生徒の前で表彰状をもらえるほどの善行やのに…」。母のいかにも残念そうな呟きを気に留める様子もなく、兄は新学期になっても相変わらず、いちびりを繰り返していました。
 まあ、唯一の進歩といえば、そんな兄を見る妹の目が、ちょっと変わったことぐらいかなぁ…。■


『教育大阪 Vivo la Vita』2006年11月号掲載
イラスト 宮本ジジ http://miyajiji.net/

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